
商品説明
当銀メダルは、かつてドイツの連邦国家群に属していたヘッセン=ダルムシュタット大公国の都市マインツ
(現・ドイツ連邦共和国ラインラント=プファルツ州の州都)において、フランス皇帝ナポレオン3世 に
献呈する目的でごく少数が鋳造・試鋳された銀メダルです(1856年発行)。
マインツは、かつて神聖ローマ帝国において選帝侯大司教の領地(選帝侯大司教領)として
重要な地位を占めていましたが、革命期およびナポレオン時代(1798年〜1814年)にフランスの
支配下に入りました。ウィーン会議(1815年)を経たその後、ドイツの構成国であった
ヘッセン=ダルムシュタット大公国にマインツが割譲され、同大公国の領域となりました。
当銀メダルは、マインツの小規模な鋳造所にて、フランス皇帝ナポレオン3世への献呈を意図して
鋳造・試鋳された可能性のある極めて稀少な一品です。さらに、マインツを含むライン川左岸地域が
ドイツ側に復帰した後も、ナポレオン時代のフランス支配という背景を持っていたことから、
フランス君主支持を意識した意図、あるいは当時の彫刻家フェルディナント・コルンがパリ宮廷での
注目と後援を得るために制作した可能性も考えられます。
表面:ナポレオン3世の左向き横顔
NAPOLEON III KAISER DER FRANZOSEN「ナポレオン3世 フランスの皇帝」
F.KORN「フェルディナント・コルン」
裏面:樫の葉の花輪(リース)
GOTT SCHUTZE KAISER UND REICH「神よ、皇帝と帝国をお守りください」
IM MAINZ「マインツで」
当銀メダルはマインツの小さな鋳造所で試鋳・鋳造されたものであり、PCGS/NGCでは
エセー(ESSAI/試鋳品)として分類されています。鋳造趣旨が「献呈目的」「意識喚起目的」
「注目・支援獲得目的」等であることから、20枚も発行されていないと見られ、希少性は
極めて高いものです。
かつて “ドイツ側” に属していたマインツが “フランス支配下” に置かれ、その後 “再びドイツ側” に
戻ったという複雑な歴史を背景に、ドイツ側で鋳造されたにもかかわらず、表面にフランス皇帝を掲げ、
裏面にドイツ帝国(またはドイツ王家)を示す銘文を持つという大きなギャップを孕んだ当銀メダルは、
当時のマインツ市上院から鋳造差し止めを受け、溶解処分されたと見られ、現存数は極めて限られた
“生き残り(SURVIVORS)”です。
表面と裏面が、それぞれ対立する体制(当メダルではフランスとドイツ)を反映して、一枚に収まっている、
にわかに信じられない様相を呈した稀有な存在の銀メダルです。表面と裏面で反映される体制が異なる
メダル・コインは世界にこのメダル以外「存在しない」と思われます。
商品仕様
| 発行国 | マインツ(ヘッセン=ダルムシュタット大公国) |
|---|---|
| 発行年 | 1856年 |
| 通貨単位 | 銀メダル |
| 直径 | 42.00 mm |
| 重量 | 37.10 g |
| 構成 | 銀 |
| 純度 | 不明 |
| グレード | MS63 |
| 鑑定機関 | PCGS |
| PCGS証明書番号 | 47035122 |